雪夜庵閑話

俗世を離れ、隠遁生活を始めた団塊世代です

財務官僚の矜持を示した矢野事務次官

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 財務省の矢野康治事務次官が「文芸春秋」11月号に寄稿した論文「財務次官、モノ申す『このままでは国家財政は破綻する』」が政界を中心に議論を呼んでいる。

 矢野次官の論旨は、次のとおり

①最近のバラマキ合戦のような政策論を聞いていて、もうじっと黙っている訳には行かない。 諸々のバラマキ政策がいかに問題をはらんでいるか、そのことを一番わかっている立場なのに、財務省の人間が悶々とするばかりでじっと黙っていてはいけない。それは不作為の罪だと思う。 国家公務員は「心あるモノ言う犬」であらねばならぬと思っている。

②あえて今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものだ。

③わが国の財政赤字GDP比256.2%と、過去最悪であり、他のどの先進国よりも劣悪な状態になっている。 これまでずっと急激すぎる財政再建は経済の腰折れを招きかねないという懸念から、財政再建は後回しにされてきた。 しかし、日本の財政は景気のよい時期でも赤字のままという「構造赤字」が続いている。経済成長だけで財政健全化できれば、それに越したことはないが、それは夢物語である。

④他の先進国は、経済対策として次の一手を打つ際には、財源をどうするのかという議論が必ずなされているが、財源の当てもなく公債を膨らませようとしているのは日本だけである。

⑤日本国内では家計も企業もかつてない金余りの状態にある。このような状態の中でおカネをばらまいても、日本経済全体としては死蔵されるだけで意味のある経済対策にはならない。 実際に最終消費や投資に金が回らなければ需要創出にはつながらない。そればかりか、過剰な給付金や補助金はかえって企業の競争力を削ぎ、日本経済の活力を劣化させることになる。 

⑥いま日本で真に強く求められているのは、「金を寄こせ、バラまけ!」というよりも、いざという時の病床確保であり、速やかなワクチン接種であり、早期の治療薬の提供であり、ワクチンパスポートなどの経済活動をうまく再起動させるためのイグニッション(点火装置)のほうである。

⑦このままでは日本は沈没してしまう。タイタニック号の氷山への衝突を防ぐためには「不都合な真実」を直視し、先送りすることなく、最も賢明なやり方で対処していかねばならない。 そうしなければ、将来必ず、財政が破綻するか、大きな負担が国民にのしかかって来る。

 矢野氏の論文は、以上のように常識ある国民ならだれでも不安を抱いてきた日本財政の問題点を改めて整理したもので、財務省のトップとして至極まっとうな意見であると言える。

 かつて、財務省は主計局の予算統制を通じて政治家の暴走に歯止めをかける最後の砦として機能していたが、最近は官邸主導のもと、公文書を改ざんまでして政治に忖度する従順な「役所」と化し、言われるままに金を垂れ流し、借金を重ねて帳尻を合わせることが仕事となっていた感がある。

 今回の矢野氏の論文は、財務省のトップとして政治家から袋叩きに会うことを覚悟の上で、それでも「言うべきことを言わぬは、不作為の罪」だと発言したもので、財務省の中にも骨のある人物がいることを示してくれた。

 政治家の中には、公務員は政治が決めたことに従い、忠実に実行する義務があるとして、矢野氏を更迭すべきだと言う者もいるようであるが、役人であっても誰であっても自由に個人の意見を言える社会を確保するのが民主国家の政権の務めであろう。

 政権の云うことに唯々諾々として従うのが当然と考えていた身内の官僚から公然と政策に反対する意見が、それも総選挙の直前に出されたことに政治家はうろたえているように見える。

 残念ながら、今回の衆議院選挙の公約は与党も野党もバラマキを競っているとしか思えず、その財源はどこからひねり出すのかの説明もない。 公債を打ち出の小づちの如くに無尽蔵に発行する気なのだろうか? 国を預かる政治家としてあまりにも無責任な国民を愚弄した話である。